研究のポイント
– 既存の化合物から1ステップで合成可能
– 固体または溶液状態での優れた発光特性
– 有機半導体として魅力的な高い電子受容性
概要
地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター(都産技研)は、東京工業大学 科学技術創成研究院
穐田宗隆教授と共同で既存の化合物から簡単に合成可能な新規機能性含ホウ素有機材料を開発しました。開発材料は類似の従来材料と比べて優れた発光および電気化学特性を示しました。本材料は
有機半導体[用語1]や発光材料への応用が期待できます。なお、本材料の分子構造は今後さまざまな機能性有機材料の開発に応用することが可能です。
本研究成果は*Chemistry _ A European Journal*のHot PaperおよびInside
Coverに選出され、2021年3月の日本化学会第101春季年会で発表予定です。
背景
3配位ホウ素原子[用語2]
を含む有機化合物は近年、有機半導体材料や発光材料への応用が期待されています。機能性有機材料のビルディングブロックである平面状炭素骨格に3配位ホウ素原子を簡便に組み込む手法としては、ジメシチルボリル基など空気や水に安定な嵩高い
ホウ素置換基[用語3]
を利用することが挙げられます。しかし、嵩高いホウ素置換基はナフタレンやアントラセンといった大きな平面状炭素骨格へ導入すると互いの立体反発から分子構造の捻じれを生じ、炭素骨格にホウ素原子の性質を上手く組み込めなくなる問題がありました。
[image: 図1. 平面状炭素骨格へのホウ素置換基導入(従来と本研究の比較)]
図1. 平面状炭素骨格へのホウ素置換基導入(従来と本研究の比較)
実験内容
本研究ではエチンジイル骨格と呼ばれる架橋構造をホウ素置換基と炭素骨格の間に挟むことで捻じれを抑制し、効率的に3配位ホウ素原子を平面状炭素骨格へ組み込むことに成功しました(図1)。開発したナフタレン誘導体(1N,
2N)およびアントラセン誘導体(1A,
2A)は既知の前駆体から1ステップで合成できます。これらの化合物は空気に比較的安定であり、アントラセン誘導体に至っては大気中、溶液を
シリカゲルカラムクロマトグラフィー[用語4]にかけることも可能です。
ナフタレンおよびアントラセン誘導体は可視光領域の光を強く吸収し、ナフタレン誘導体は固体、アントラセン誘導体は固体と溶液の双方で強い蛍光性を示します。また、従来の含ホウ素有機化合物と比較して本分子群は電子受容性の大きな深い
LUMO準位[用語5](-2.7〜-3.3
eV)を有しており、有機半導体としての応用が見込まれます。今回新たに確立した分子設計はエチンジイル架橋を導入可能なさまざまな平面状炭素骨格へ拡張することが可能であり、今後さらなる機能性含ホウ素有機材料の開発に繋がることが期待されます。
[image: 図2. 開発した新規機能性含ホウ素有機材料 有機半導体や蛍光材料への応用が見込まれる]
図2. 開発した新規機能性含ホウ素有機材料
有機半導体や蛍光材料への応用が見込まれる
今後の展開
有機ELや有機薄膜太陽電池向けのn型有機半導体、化学センシング材料への応用が見込まれます。
都産技研では都内中小企業との共同研究を視野に有機半導体用途を中心とした応用研究を進めています。
発表予定
以下の学会にて、本研究の成果について発表を行います。
学会名 :
日本化学会第101春季年会(2021)
開催場所 :
オンライン開催
開催期間 :
2021年3月20日
発表タイトル :
ジメシチルボリルエチニル基が芳香族炭化水素に及ぼす立体および電子的効果
用語説明
[用語1] 有機半導体 :
一般的に有機物は絶縁体と思われがちですが、一部の化合物はその薄膜に電圧を印加すると電子(負電荷)やホール(正電荷)を輸送する半導体特性を示します。電子を流す有機半導体をn型、ホールを流すものをp型と呼び、有機ELや有機薄膜太陽電池といった先端フレキシブルデバイスの基幹材料となっています。
[用語2] 3配位ホウ素原子 :
ホウ素原子は3つの価電子(結合などに使える電子)を持っており、他原子と120°間隔で平面状に結合した3配位構造の結合様式を取ることができます。3配位ホウ素原子はホウ素原子上に電子の入っていない電子欠乏性の空のp軌道を有しており、これを炭素骨格中に組み込むと空p軌道に起因した特異な電子受容性や光学特性を発現します。一方で、3配位ホウ素は空気や水に弱い構造であり、安定性を高めるために特殊な分子設計が必要です。
[image: 3配位ホウ素原子]
[用語3] ホウ素置換基 :
有機分子の水素原子をほかの原子または原子団により置き換えた際に、置き換えた部分の原子や原子団を置換基と呼びます。有機分子の性質を変えるためにさまざまな置換基が存在し、ホウ素置換基もその1つです。ホウ素置換基の多くはホウ素原子を空気中の水分子などから守るために立体的に嵩高い構造をしています。
[用語4] シリカゲルカラムクロマトグラフィー :
筒状の容器に充填剤(シリカゲル)をつめ、これに有機化合物を含む移動相(溶液)を流すことで精製を行う手法です。有機化合物の純度を高めるために重要な精製法ですが、一般的に有機ホウ素化合物など空気や水に不安定なものは精製の途中で分解することが多く、利用することが困難です。
[用語5] LUMO :
有機分子中で電子が入っていない最も低エネルギーの分子軌道(電子を入れる器)を最低空軌道(LUMO)と呼びます。LUMOのエネルギー準位が深い(負側に大きい)ほど電極や他分子から電子を受け取ってn型有機半導体として駆動しやすくなります。
特許・論文情報
特許 :
出願中
掲載誌 :
*Chem. Eur. J.* 2021, 27, in Press (Hot Paper & Inside Cover)
論文タイトル :
Dimesitylborylethynylated Arenes: Unique Electronic and Photophysical
Properties Caused by Ethynediyl (C≡C) Spacers
DOI :
10.1002/chem.202004744 [image: outer]
– プレスリリース 既存の化合物から1ステップで合成可能な新規機能性含ホウ素有機材料を開発[image: PDF]
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– 穐田研究室
– 研究者詳細情報(STAR Search) – 穐田宗隆 Munetaka Akita
– 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
– 東京工業大学 科学技術創成研究院(IIR)
– 物質理工学院 応用化学系
– 東京都立産業技術研究センター
– 研究成果一覧
お問い合わせ先
東京都立産業技術研究センター
先端材料開発セクター 林英男
Tel : 03-5530-2646 / Fax : 03-5530-2629
東京工業大学 科学技術創成研究院
教授 穐田宗隆
E-mail : makita@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5230
取材申し込み先
東京都立産業技術研究センター
経営企画部経営企画室 竹内由美子
Tel : 03-5530-2521 / Fax : 03-5530-2536
東京工業大学 総務部 広報課
E-mail : media@jim.titech.ac.jp
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